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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10010号 判決

第一〇〇一〇号事件原告

第一一八九三号事件被告 久枝澄子

右訴訟代理人弁護士 寺口真夫

同 村井瑛子

第一〇〇一〇号事件被告 桜井澄子

第一一八九三号事件原告 矢島嘉一

右両名訴訟代理人弁護士 高橋勉

同 堀内俊一

右同高橋勉訴訟復代理人弁護士 水川武司

主文

一  第一〇〇一〇号事件につき、原告の請求を棄却する。

二  第一一八九三号事件につき

(一)  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物の明渡し、および、昭和四三年五月一日以降右明渡済みに至るまで一か月金二万八、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

(二)  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、両事件を通じ、第一〇〇一〇号事件原告・第一一八九三号事件被告の負担とする。

四  この判決は、第一一八九三号事件原告勝訴の部分に限り、右原告において金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  第一〇〇一〇号事件

(一)  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物の明渡し、および、昭和四三年四月一日以降右明渡済みに至るまで一か月金五万七、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(二)  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  第一一八九三号事件

(一)  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物の明渡し、および、昭和四三年五月一日以降右明渡済みに至るまで一か月金五万七、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(二)  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  第一〇〇一〇号事件

(一)  請求原因

1 別紙物件目録記載の二階建建物は矢島嘉一(第一一八九三号事件原告)の所有であるところ、原告は、昭和四〇年二月、矢島から、右建物のうち二階全部(以下「本件店舗」という)を店舗として賃借した。

2 原告は、本件店舗においておにぎり屋を経営し、現在は「四季」という屋号を用いているが、以前「志摩」と称していたころの昭和四二年一〇月三一日、被告との間で、被告をいわゆる雇われマダムないし支配人として雇傭し、おにぎり屋の経営を被告に委任する旨の雇傭兼準委任契約を締結した。その際、被告から保証金三五万円を内金一〇万円消却の約で受領した。そして被告の給料等については、原告に支払うべき経営利益金を一か月五万七、〇〇〇円毎月末翌月分払と一定しその余の利益は被告の収入とする旨、被告が原告に支払うべき利益金を一か月以上遅滞したときは原告はなんらの通知催告なくして右雇傭兼準委任契約を解除することができるとともに、解除を受けたときは被告は本件店舗から立ち退かなければならない旨、の取決めをした。

3 被告は、契約の当初は原告に忠実であったが、昭和四三年四月以降原告への利益金の支払を怠っている。そこで、原告は、昭和四三年七月九日到達の内容証明郵便をもって、被告に対し、同年四月以降四か月分の契約利益金合計二二万八、〇〇〇円を三日以内に支払うよう催告するとともに、その支払のないことを条件に右雇傭兼経営委託契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに、被告は右期限を徒過したので、同月一二日限り右契約は解除となり、被告は本件店舗を明け渡さなければならない。

4 よって、本件店舗の明渡し、および、昭和四三年四月一日以降同年七月一二日までは右契約に基き原告に支払うべき金員としてその翌日以降店舗明渡済みに至るまでは解除後の使用損害金としていずれも一か月五万七、〇〇〇円の割合による金員の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2については、そのうち、原告主張の時期に保証金三五万円を内金一〇万円消却の約で交付したことおよび毎月五万七、〇〇〇円ずつの支払を原告に約したことは認めるが、その余は否認する。

原告が主張する契約は賃貸借(所有者矢島との関係では転貸借)であり、月額五七、〇〇〇円というのは賃料である。すなわち、被告は、原告が主張する昭和四二年一〇月、原告から本件店舗を右賃料額で賃借したものである。

3 請求原因3については、原告主張の内容証明郵便による催告および解除の意思表示のあったことは認めるが、その効力は争う。

(三)  抗弁

1 昭和四三年四月分の賃料支払

被告は、昭和四三年三月三一日、同年四月分の賃料を原告に支払った。

2 昭和四三年五月分以降の賃料支払の留保

被告は、昭和四三年四月二三日、突然、建物所有者の矢島から、本件店舗は無断転貸でありそれを理由に原告との賃貸借契約を解除したとして、本件店舗明渡しの請求を受けた。これに驚いた被告は、原告に対し、直ちにその間の事情を問い質し、ついで同月二七日到達の内容証明郵便をもって、三日以内に矢島との間で右解除云々の問題を円満に解決すべき旨催告するとともに、もし右期間内に解決できないときは賃料支払を留保する旨通告した。しかるに、原告はなんらの措置を講じなかったので、被告は、本件店舗の使用収益権能を失うおそれがあったため、民法第五五九条、第五七六条に従い、原告への賃料支払をしなかったものである。

(四)  抗弁に対する認否

1 抗弁1は否認する。

2 抗弁2については、そのうち原告主張の内容証明郵便による通知催告のあったことは認めるが、その余は不知。

二  第一一八九三号事件

(一)  請求原因

1 原告は、別紙物件目録記載の二階建建物の所有者であるところ、その二階全部の本件店舗につき、昭和四〇年二月一二日、被告との間で、賃料一か月二万五、〇〇〇円・三年目から二万八、〇〇〇円に増額、賃借権譲渡および転貸禁止・違反があれば無催告解除、の約にて被告に賃貸する旨の賃貸借契約を締結した。

2 しかるに、被告は、本件店舗を桜井澄子(第一〇〇一〇号事件被告)に無断転貸したので、原告は、被告に対し、昭和四三年四月二四日到達の内容証明郵便で本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

3 よって、右契約解除を理由として、本件店舗の明渡しおよび昭和四三年五月一日以降右明渡済みに至るまで一か月五万七、〇〇〇円の割合による賃料相当の遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2については、そのうち、内容証明郵便による解除の意思表示のあったことは認めるが、(その効力を含めて)その余は否認する。被告と桜井との契約は建物の賃貸借(原告に対する関係では転貸借)ではなく、第一〇〇一〇号事件の請求原因2で主張したごとく、店舗の経営を委任する雇傭兼準委任契約である。

(三)  抗弁

仮に桜井との間が原告主張のように転貸借であるとしても、右転貸を理由とする解除は、次の理由により無効である。

1 事前の承諾

被告が原告から本件店舗を賃借したのは、当時の被告の従業員中村利江にいわゆるのれん分けをしてやるためのもので、初めから同人の転借使用を予定し、原告もこれを承諾したのである。その後、本件店舗の使用占有者は、中村から訴外関塚武、同荒幡きく代へと変わっていったが、原告は、いずれも快く承諾していた。建物転貸の場合、一度転貸を承諾すれば、後の転貸も特段の事情のないかぎり承諾しているというべきであるから、桜井への転貸についても、原告は、あらかじめ承諾していたものである。

2 事後の黙示の承諾

仮に右1の事実が認められないとしても、原告は、本件店舗の階下の事務所に毎日居て本件店舗の使用状況を熟知し、本件店舗から食事を取ったこともあるから、特段の事情のないかぎり、本件店舗の転貸につき事後的に黙示の承諾を与えたものというべきである。

3 背信行為と認めるに足りない特段の事情

右2の事実も認められないにしても、原告は、階下の事務所に居て、桜井が階上の本件店舗でそれまでの中村・関塚・荒幡と同一の営業をしていることを知りながら(少なくとも桜井が本件店舗で働くことは認めている)、桜井の使用開始後解除の問題が起きるまでは、被告から家賃を受け取っているのである。このことは、桜井の本件店舗の使用が被告の原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情というべきである。

(四)  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

第一第一〇〇一〇号事件について

一  別紙物件目録記載の二階建建物が矢島嘉一(第一一八九三号事件原告)の所有に属すること、および原告が昭和四〇年二月矢島から右建物のうち二階全部の本件店舗を賃借したことは、当事者間に争いがない。

二  本件店舗に関する原被告間の契約の性質

≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  原告は、以前から渋谷区栄通りにお茶漬割烹「十客亭」を経営していたが、従業員の中村利江が働き者であったところから、やがてはのれん分けの形で独立させる予定で、本件店舗を矢島から賃借したこと、したがって原告自身では本件店舗の経営に当たらず、右中村の経営するところとしたこと、ところが、中村はしばらくしてやめたのでのれん分けの話も実現しなかったこと、これに代わって他所で板前をしていた関塚武を本件店舗の支配人格として雇い入れ本件店舗におけるお茶漬屋の経営を任せたこと、関塚もあまり長続きせず、訴外荒幡きく代がこれに代わったのであるが、この場合は、従業員としての雇入れではなく宅地建物取引業者の仲介によるものであること、荒幡は「志摩」という屋号で経営していたが、宣伝マッチには「十客亭」と「志摩」とを表裏に刷り込んでなお原告の「十客亭」との連がりは保っていたこと

(二)  右荒幡のやめたあとが被告であるが、その間には数か月の空白があり、その間原告は後継者を捜していたが見付からず、荒幡の場合と同様宅地建物取引業者にあっせんを頼んでいたこと、一方、被告は、老父を抱えていたので女手一つでできるお茶漬屋のような店を始めようと思い、これまた二、三の宅地建物取引業者にあっせんを依頼していたこと、そのうち株式会社日商の不動産部が原被告の間にはいるようになって昭和四二年一〇月三一日契約締結に至らしめたこと、契約締結までは日商が専ら取り持ち原被告が直接交渉する機会のなかったこと

(三)  原告は、矢島から本件店舗を賃借するに当たっては、賃借権譲渡または転貸をしないしこれに違反すれば無催告解除をされても異議ない旨を特約し、その他の約定とともに公正証書を作成していたこと、したがって、被告に本件店舗を賃貸することは右特約違反となるので、被告に店舗の経営を委託するという形を採らざるをえなかったこと、そこで、日商に甲第二号証の「店舗委託契約書」を作らせておいたうえ、被告の日商の事務所に落ち合って、日商従業員に契約書を読み上げさせ、原被告双方これに調印して契約締結に及んだこと

(四)  しかしながら、店舗「賃借」のあっせんを依頼していた被告は、右甲第二号証の「店舗委託契約書」という表題の意味にあまり重きを置かず、この点において、「賃貸」を極力避けようとする原告の意思は必ずしも被告に伝わっていなかったこと、のみならず、右契約書の文言中には、「使用料」「貸主」「借主」「貸与」「使用させる」「転貸〔の禁止〕」その他建物賃貸借において用いるのを常とする言葉が数多く使われていること、原告は、被告を従業員として雇い入れるのだということは明言していないし、契約後も店舗経営につき格別の指導監督をしていないこと、もっとも、被告に対し酒・魚等の仕入方法やいわゆるお得意その他本件店舗に関する若干の知識は教えていること

本件店舗について原被告間の契約成立に関する当裁判所の事実認定は、以上のとおりである。≪証拠判断省略≫

右認定の事実に徴して考えると、「店舗委託契約」というのは、専ら原告が家主の矢島との間の転貸禁止の特約に違反しないことだけをねらいとしたもので、原被告間には原告が主張するような雇傭兼準委任契約に添う実質的な関係はほとんどないといわざるをえない。したがって、原被告間の本件店舗に関する契約は、その「店舗委託契約書」という表題にもかかわらず、被告が店舗として使用するための賃貸借契約と認めるのを相当とする。

そして、被告が一か月五万七、〇〇〇円ずつの支払を原告に約したこと自体は当事者間に争いがないから、これが右賃貸借における賃料(月額)ということになる。

三  原告の契約解除の当否

原告が、昭和四三年七月九日到達の内容証明郵便で被告に対し、同年四月以降四か月分の契約利益合計二二万八、〇〇〇円を三日以内に支払うよう催告するとともに、その支払のないことを条件に原告主張の雇傭兼店舗経営委託契約を解除する旨の意思表示をしたこと自体は、当事者間に争いがない。そして、右催告および契約解除は、前段で認定し本件店舗賃貸借契約上の賃料の催告と該契約の解除と解することも可能であるから、以下右解除の当否について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  被告は、原告から本件店舗を賃借して以来おにぎり屋を経営し現在に至っていること、昭和四三年四月分まで賃料を滞りなく原告に払ってきたこと、同月二〇日ごろ本件店舗にルームクーラーを設置するため工事をしかけたところ、原告への賃貸人であり建物の所有者である矢島から異議を言われたこと

(二)  右矢島は、本件店舗の階下で宅地建物取引業を営んでいたのであるが、階上の本件店舗については、原告に賃貸した当初は原告の従業員がその次も原告に雇われた板前がその経営に当たっていたという前段で認定した事情から、被告も原告の従業員として経営を任されているものと考えていたこと、ところが右ルームクーラーの工事の件で、被告が原告から賃借しているといって契約書を示したことから、初めて原・被告間の関係が賃貸借であることを知るに及び、契約違反だ無断転貸だといって店舗明渡しを被告に強く迫るとともに、原告に対しても、同月二三日付そのころ到達の内容証明郵便で原告との賃貸借を解除する旨の意思表示をしたこと

(三)  矢島から店舗明渡しを求められて驚いた被告は、原告に対し、直ちにその間の事情を問い質し、ついで同月二七日到達の内容証明郵便で三日以内に矢島との関係を解決すべき旨催告するとともにもし右解決ができないときは賃料の支払を留保する旨通知したこと(右内容証明郵便の到達は当事者間に争いがない)、しかるに原告は、被告の要求する矢島との問題を解決できないまま前示のように賃料不払を理由に被告との賃貸借契約解除に及んだこと

原告の契約解除に至るまでの事情は右に認定したとおりであり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定したように、被告は、原告から賃借した本件店舗については所有者たる矢島から無断転貸を理由に明渡請求を受けており、右店舗をせっかく賃借しながらその権利を失うおそれのあることは右認定事実から十分に推認されるから、被告は、民法第五五九条で準用する同法第五七六条の趣旨に従い、右明渡請求を受けた以後は原告に対し賃料の支払を拒絶することができるものといわなければならない。また、その以前の昭和四三年四月分までの賃料が支払済みであることは、右(一)に認定したとおりである。このように、被告には賃料支払の履行遅滞はないから、これを前提とする原告の賃貸借契約の解除は失当というほかはない。

四  以上のとおりであるから、契約解除を理由とする原告の本件店舗明渡請求および使用損害金請求は理由がなく、その余の金員請求についても、被告は昭和四三年四月分までは賃料を支払ずみでありその後は支払拒絶権があるから、該請求は理由がない。

第二第一一八九三号事件について

一  原告が昭和四〇年二月一二日本件店舗を賃料一か月二万五、〇〇〇円・三年目から二万八、〇〇〇円に増額する約で被告に賃貸したこと、および昭和四三年四月二四日到達の内容証明郵便で被告に対し無断転貸を理由に本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、無断転貸があったかどうかにつき判断するに、被告が昭和四二年一〇月三一日本件店舗を桜井澄子(第一〇〇一〇号事件被告)に賃貸し使用占有させてきたことは前記第一の二、三で認定したとおりである。

右転貸につき被告は種々抗弁を提出しているので、以下順次検討する。

(一)  事前の承諾の有無

被告は、原告から本件店舗を賃借するに際し従業員の中村利江にいわゆるのれん分けとして転貸使用せしめることを予定し、原告もこれを承諾していた、旨主張する。そして、前掲第一一八九三号事件被告(第一〇〇一〇号事件原告)本人の供述によると、少なくとも被告自身右のような心積りでいたことは、これを認めることができる。しかしながら、はたして原告も被告が中村に転貸することを承諾していたかどうかという点になると、右被告本人はその承諾があったという趣旨の供述をしているけれども、成立に争いのない甲第一号証(公正証書)には、他の印刷文字による条項とは別に、転貸・同居人を置くこと・賃借権譲渡等を禁止する旨の特約をわざわざ手書きで明記していることからしても、また前掲第一一八九三号事件原告本人の供述に照らして考えても、右第一一八九三号事件被告本人の供述は信用できない。

次に被告は、中村利江から関塚武へさらに荒幡きく代へ最後には桜井澄子へと本件店舗の経営担当が変わっていったが、原告はすべて快く承諾していた旨主張し、右各本人の供述を総合すると、原告は、右のような本件店舗の経営の移り変りを知っていたのみならず、桜井に変わったときは被告もまじえて互に挨拶を交した事実を認めることができる。しかしながら、右事実だけでは、原告が転貸につき承諾を与えたと推認することはむずかしく、原告としては、中村・関塚・荒幡・桜井等は被告の従業員として経営を任されていたものと考えていたことは、前記第一の三で認定したとおりである。

ほかには、原告が本件店舗転貸につき承諾した事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

(二)  事後の黙示の承諾の有無

つぎに事後の黙示の承諾の点であるが、すでに認定したように、階下に事務所を持つ原告においては、階上の本件店舗の状況を知ってはいたけれども、それは桜井が被告の従業員として経営に当たっているものと考えていたのであるから、本件店舗の状況を知っていたからといって事後の黙示の承諾を推認することはできないし、ほかには右承諾を認めるべき的確な証拠はない。

(三)  背信行為と認めるに足りない特段の事情の有無

被告は、背信行為と認めるに足りない事情の一つとして、原告においては、階上の本件店舗で桜井が従前の中村・関塚・荒幡と同一の営業をしていることを知りながら、解除通告に至るまで被告から家賃を受け取っていた事実を主張する。しかし、解除通告に及ぶまでは、原告は、桜井が被告の従業員とばかり思っていたのであり、ルームクーラー設置に苦情を言った際初めて被告・桜井間の転貸の事実を知ったのである。

このことは、すでに前記第一の三で認定したとおりである。しかも、同じく第一の二で認定したように、被告・桜井間の本件店舗に関する契約は、実は賃貸借でありながら、原告との間で無断転貸にならないように、ことさら「店舗委託契約」という形式をとったのであり、前掲第一一八九三号事件原告本人の供述によると、このような形式をとったという点で原告は被告に不信をいだいたことが認められる。

そうすると、被告の右主張事実だけでは、被告に背信行為と認めるに足りない特段の事情ありとすることはできないし、ほかには、右事情の存在を認めるべき的確な証拠はない。

三  以上のとおりであるから、本件店舗賃貸借契約は、無断転貸を理由とする原告の解除によって、昭和四三年四月二四日限り終了したものというべきである。

よって、原告の本訴請求中、被告に対し、本件店舗の明渡しおよび右解除後の昭和四三年五月一日以降右店舗明渡済みに至るまで賃料と同じ一か月二万八、〇〇〇円の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由がある。原告は、右損害金につき月額五万七、〇〇〇円まで請求しているけれども、そこまでの損害金を支払わしめるのを相当とする事情は認められない(ことに、前記第一の三、四で説示したように、被告は桜井から賃料支払を拒絶されていることも考慮しなければならない)から、原告の右請求部分は理由がない。

第三むすび

第一〇〇一〇号事件については、前記第一で判断したように、その原告の請求を棄却し、第一一八九三号事件については、前記第二で理由ありとした限度においてその原告の請求を認容し、その余を棄却する。

なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 賀集唱)

〈以下省略〉

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